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2013/07«│ 2013/08| 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 »2013/09
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実はここからが悪戦苦闘でした。我々日本人と違い、一般的なアメリカ人がマクロビオティックを始めたからです。自分は厳格なマクロビオティックではありませんが、玄米食を中心とした料理を食しています。
日本人であれば、米を食べる習慣や大豆製品を食べる習慣がありますので、それほど導入が大変ではないのです。

ところが、食卓から排除するべきものと言われた”全ての肉類、乳製品、白いパンや粉製品を含む精製穀類”は、著者が普段から食べているものばかりでした。
砂糖類一切、油類一切、木の実、果物、炭酸飲料、合成化学添加物や保存料の入った食品も禁じられました。

標準的なマクロビオティック料理は少量の魚や果物のデザートや他の天然甘味が含まれているのですが、著者の場合には病状が悪く、はっきりとした徴候が出るまでは厳格にしなければならないと言われたのです。

ここからを詳しく書きますと長くなってしまいますので省略しますが、悪戦苦闘の日々が続いたのです。そうして、死刑宣告から1年以上が経過したある日、骨スキャンを再び受診することにしたのです。

なんとスキャンの後、骨スキャンの結果は、全て正常だったのです。

「あのマクロビオティックの連中はわけが判らんが、連中はたいしたもんだぜ」
「トニー。君がどんなことをしているのかは知らないが、神に誓ってそれを続けたまえ」

この瞬間に死刑執行は停止されたのです。

『1981年8月、サティラロはメソジスト病院でまた骨スキャンを受けた。
過去3年間に受けた6度目の検査だった。その最新骨スキャンの結果、癌の徴候は私のからだからまったく消えうせていることが判明した。

1980年12月29日の検査で見られた右肋骨部のうっすらとした影の部分は跡形もみられなかった。1979年6月に服用中止して以来、エストロゲンは一度も服んでいない。1980年6月にかかった甲状腺炎のための短期間使ったインデラル、コーチゾン、それにペルコダンが、私が最後に服用した薬剤である。

主治医は私にこう診断をくだした。 「完全治癒」』

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プロフィール

じん

  • Author:じん
  • 筆者(じん)は大学卒業後、小さな会社をやるかたわらで投資をスタート。
    投資で儲けたお金でおいしい食事とワインを飲む日々を目指して・・・。
    引退後は投資の利息で悠々自適生活を目論んでいるが・・・。

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